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フィクションへの興味が薄れた理由とこれからを考えてみた

テレビを見ている少年

(2020年2月23日初稿)

タイトル通りなんですが、31歳にしてフィクションへの興味が激減してしまいました。

全くないというわけではないのですが、20代前半までの頃と比べると、

フィクションへの興味は2割くらいに減っているなと感覚的に思うのです。

これはもう感覚的にも萎えていますし、現在はもう毎週見るアニメもなくなってしまいました。

(昔は毎日のようにアニメ見てたのに)

昔は、漫画・アニメ・映画・小説・ゲームなどのフィクションを大量に摂取していたのに

いまではなぜかそれらが僕の生活の極僅かなものになってしまいました。

「なってしまった」というくらいなので、自分の中でも驚きと寂しさみたいなものがあるわけです。

なので今回の記事では、フィクションへの興味が薄れた理由とこれからのことを考えてみたいと思います。

非常に個人的な内容ですが、共感していただける方がいれば幸いですし、

僕と同じように感じている方の自己理解に繋がったりモヤモヤが晴れたりしたら嬉しいです。

 

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フィクションへの興味が薄れた理由

ここからは僕のフィクションへの熱が薄れた理由を考察していきます。

 

フィクションに興味がなくなってきたのは年齢のせい?

よく聞く言葉だと思いますが、一般的に年齢と共に漫画を読まなくなったりアニメを見なくなったりするという意見があるのはわかります。

が、大人でも映画は見ますし、漫画やアニメのファンは今や大人こそ多いですし、

そもそも漫画やアニメがもう大人向けに作られてますし、

というかクリエイターが大人ですし、

批評するのも大人で、

大きなお金を出す熱心なファンも大人ですので、

僕としても世間で言われるほど単純に年齢のせいでフィクションへの興味が薄れたわけではなさそうです。

割合こそわかりませんが、むしろ大人になってお金を得たからこそ、

フィクションにどっぷりハマるようになった方もいらっしゃるのではないでしょうか。

年齢と共に経験が増えてフィクションに興味がなくなる方もいらっしゃるでしょうし、

年齢と共に経験が増えたことによってより一層フィクションを面白く味わえるようになった方もいらっしゃると思います。

僕のフィクションへの興味が薄れたのは、年齢のせいであるとは考えにくいように思えます。

 

もう面白いものをたくさん見たから?

感覚としてはこれが正解のような気もします。

僕はもう流通している「面白いもの」を物心ついてからたくさん見てしまいました。

僕が子供の頃に見ていたものは

・ドラゴンボール
・スラムダンク
・幽遊白書

などです。

20代前半までのうちには

・新世紀エヴァンゲリヲン
・涼宮ハルヒの憂鬱

などに代表される面白いものはたくさんみました。

映画もたくさん観て、好きな作品がたくさんできました。

・ファイトクラブ
・ユージュアルサスペクツ

などなど、いちいち上げればきりがありません。

いまでもこれらと肩を並べるほど面白いものはたくさんできているのかもしれません。

でも肩を並べるくらいでは、もう時間をかけて見ようとはなかなか思わなくなってしまったのです。

映画みまくりの有料動画サイトにも登録して一時期見まくってましたが、

あまりピンとくる一生心に残るような体験はできませんでした。

新しい漫画を読もうにも、ドラゴンボールやスラムダンクを超えるものはなかなかなさそうです。

1話25分のアニメを12話見るとしたら5時間必要ですし、

僕は読むのが遅いので漫画1冊に早いと30分から、長いと2.3時間くらいはかかります。

もうそれだけの時間をかけるための情熱も集中力もなかなかわいてこないのです。

しかし例外はあります。

進撃の巨人だけは毎月読んでます。

それはもうそのために生きているようなもので。

毎月9日に読んだら、あと1か月また生きなきゃ!と思うくらいで。

なぜ進撃の巨人に対してはそう思うかというと、ただ単純に自分の中で進撃の巨人は

ドラゴンボールやスラムダンク以上にハマっているというだけなのです。

名作と同等、もしくはそれらを超える名作だと思うから、読みたいと思っているということですね。

つまり自分の中では非常に名作であって、自分のハードルを越えているからこそ、

時間とお金を費やす価値があると思えるのです。

逆に考えると「夢中になれる作品が進撃の巨人しかない」しかないとも言えます。

前は毎日のようにわくわくしながらアニメ見てたのに。。。

進撃の巨人が終わったらどうしよう。。。

めっちゃ大好きだったポケモンも最近は飽きちゃったし。。。

 

1つ言いたいのは、別に僕があまり興味を持てなかった作品を批判しているわけではありません。

そもそも僕は批判することが嫌いな平和主義ですし、他を批判するより良いものを褒めたいと思っているのです。

 

そもそもドラゴンボールやスラムダンクを超えるようなものなんてポンポン出てくるわけないですからね。

 

自分の生活にこそ興味があるから?

年齢とともにフィクションを観なくなるというのは結局、大人になると実生活においてやらないといけないことが増えるから

ということだと思います。

つまり興味の対象が架空の物語よりも自分の生活になるんですね。

悪く言うと、自分の生活に追われるから

でもポジティブな例では、自分がやりたいことがあるから。

ゲームのレベル上げや漫画の主人公の活躍よりも、自分の人生を充実させることに興味があるわけです。

僕としては、体を鍛えたりお金を稼ぎたいんです。

だから自分のためにならない時間をもったいなく思うようになってきました。

ゲームをしたりフィクションを観たりしていると、虚無感を覚えるようになりました。

旧友と恒例化していた飲み会だってそうでした。

【これなんのためになんの?】と思い始めてからは、自分のことに時間を費やすようになりました。

いまはやりたいことがたくさんあって、充実しています。

・筋トレ

・ブログ

・株式投資

・DTM

・英語

など

僕にとってはこれらのほうがフィクションよりも充実感を覚えられるんです。

フィクションこそが自分のためになると思う人はそれでいいんです。

要は自分を満足させてあげればいいんです。

自己満最高なのです。

 

 

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今後どうするか

フィクションへの興味が薄れた理由を上記しましたが、ここからは、

「フィクションへの興味がなくなったうえで、じゃあどうするか?」

を書いていきます。

 

全く取り入れないのはそれはそれで寂しい

フィクションへの興味が薄れたとは言え、それはそれでさみしい気持ちもあるのです。

損失に対するバイアスがかかってそう感じるだけかもしれませんが、

もしかすると先々でぶり返しが来てフィクションを貪るようになるかもしれません。

それはそれでいいのですが、自分としても現時点でもフィクションを全く取り入れないというのも悲しいので

進撃の巨人みたいに興味があるものや、

語彙の豊富な小説などは読んでおこうと思います。

というのも自分の語彙力を落としたくはないし、ネタとして使えるので

まぁブログのためでもあります。

 

自分の子に託す(笑)

自分が取り入れてきた物語を無駄にしないためには、子供に教えるというものいいのかなと思います。

だから今まで買ってきた漫画などは子供が生まれてからもずっと置いておこうかなと。

僕も父親が読んでた北斗の拳とか読んでましたしね。

もちろん漫画だけではなく映画や小説やアニメなんかも面白いのは教えてあげたいですね。

幼少期にはたくさん読み聞かせもしてあげたいです。

つまりは子供が良い物語に出会えるようにしてあげたいということです。

 

別のことをする

フィクションへの熱が戻っても戻らなくてもいいように、

現状ではその他のことをとことんやるのがいいのかなと。

僕の興味のほとんどはすでにお金を稼ぐことや体を鍛えることになっているので、

それに邁進していけばいいのかなと思います。

フィクションを楽しむのもいいですが、自分の人生のレベルを上げることに時間を費やしていこうと思っています。

 

 

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フィクションへの興味が薄れても大丈夫

フィクションへの興味が薄れても大丈夫です。

それはあなたの心境や生活が変わっただけで、

他にやるべきことややりたいことがあればそれをすればいいからです。

フィクションはこの世からなくならないので、また貪りたくなれば貪ればいいのです。

ただ一つ思うのは、考えの凝り固まったつまらない人間にはなりたくないなということ。

だからこれからも、なるべく柔軟にいろんなことを取り入れていくように

意識していこうと思います。

 

 

 

 

 

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HIRO

HIRO-BLOG運営者のヒロです | Webマーケティング社員&ブロガー | 「スキルアップ×副業×転職術」などQOLを上げるためのtweet&ブログを更新中 | 【経歴】ブラック土木設計技師➡夜勤ホテルマン➡Webマーケター | 筋トレや熱帯魚が好き | プロフィール詳細

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