英語学習

ダメ学生だった僕の留学体験記6(帰国後編)

アメリカ国旗

みなさんこんにちは。

ひろです。

 

古来より人類は遠足のことを「家に帰るまでが遠足」と言い慣わして来ましたが、それは留学においても同じで、帰国後も留学は続いていのです。

今回の記事では、留学から帰ってきてからのことを書きます

ではよろしくどうぞ。

 

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留学から帰ってきてから

 

セメスターがずれるため半年復学できなかった

アメリカの大学は8割方2セメスター制をとっており、8月から12月までの秋学期(フォールセメスター)と、1月から5月までの春学期(スプリングセメスター)となっています。

クオーター(学期が4つにわかれる)をとっている大学もありますが2割くらいです。

僕は8月から留学して5月頃帰国しました。2学期分なので全学期(ホールセメスター)履修したことになります。

日本の大学では5月といえば学期のどまんなかですが、学期途中に帰国した僕は復学できなかったため、10月の後期が開始されるまでハイパー暇人生活を送っていたのでした。

大学2年生の8月から大学3年生の10月まで日本の大学での講義を受けていなかったのと、4年生時にはほとんど大学に行っていないので、実質僕は2年くらいしかまともに日本の大学に行っていません。

日本の大学での学科では留学で取得した単位はほとんど単位換算できなかったので、後半の講義では単位をとれるように頑張りました(笑)

ギリギリ卒業単位は取れて留年は防げました。予め復学できるまで時間がかかるということを知っていたので別に良かったのですが、皆さんが日本の大学を通して交換留学されるときは、予め留学終了後の復学について問い合わせしておいたほうがいいかもしれませんね。

 

 

めちゃめちゃ太って痩せた

前の記事にも書きましたが、僕はアメリカにいた10か月で20キロ太りました

65kgから85kgへの大いなる成長です。

 

アメリカにいたときはプレゼンの準備や膨大な課題をこなすことに精神と時間をすり減らし、楽しみはバイキングでの食事のみでした。

僕のデブに拍車をかけたのはブラウニーにアイスクリームをのせてチンすると美味いという悪魔の食べ物を友達に教えられてからでした。

それから僕の脂肪タンクの備蓄は増えに増え、65kgだった体重は帰国する頃には85kgになっていました。

それでも僕の胸中に焦りはありませんでした。

なぜなら僕は「日本食は健康食だから痩せるやろ」と高をくくっていたのです。

その謎の自信により、僕は帰国後連日、深夜にでも日本食(焼きそば・トンカツ弁当)などを貪り食っていました。

一応日本食ですね。

そのせいでさらに太り続け、MAX90キロになっていました。

小学生の頃はダリアス・マイルズ選手みたいに痩せていたのに……

 

1年ぶりに友達と遊ぶために待ち合わせをした際、友達は僕を探すことが出来ませんでした

思いっきり目が合っていたのに……

その時やっと僕は、自分がデブになったことを強烈に自覚したのでした。

 

それから僕が始めたことは2つ

毎日1時間ルームランナーで走る

食べたい量の半分しか食べない

でした。

大学のジムにはルームランナーがあるので、毎日1時間無心で走っていました

最初は体が重くてキツかったですけど、だんだんと慣れてくるもので、足が細くなって股ずれもなくなり、走る速度も上がり、疾走感を覚えるまでになりました。

後半はかなり体が軽くなり、ランナーズハイを感じたのを覚えています。

それと並行して、食事制限も行いました。

特定の食べ物ばかり食べるとか、好きな高カロリー食を一切食べないということは逆にストレスがたまる原因になると思ったので、食べたいものは食べることにしました。

しかし食べたい量の半分だけ

最初はきつかったですが、人間慣れるもので、やっているうちに食べたい量の半分は食べていいダイエットなのに、食事量はどんどん減っていきました。

そうしているうちに復学するまでに20kgのダイエットに成功し、半年もたたないうちにアメリカでこしらえた脂肪とおさらばすることができました。

留学中の悪習を断ち切ることも、留学のひとつであると思います。

 

留学後目標を失った

留学することを目標にして進学したために、留学から帰ってきた僕は目標を失っていました

単位を取るためだけに大学へ通う退屈な日々が始まったのです。

ただ卒業して大卒という身分を取得するための時間でした。

F ラン大学 を卒業したからとて、何のブランドにもなりはしないのでしょうが、僕には何も誇れるものがなかったため、単にモラトリアムをむさぼることに決めました。

何か努力してスキルを身につければいいのでしょうが、そこが僕がダメ学生であった所以です。

大学生なら少なからずだれでも感じることがあるでしょうが、社会に出るのが怖かったのです。

 

今となっては何でもないことだが当時の僕にとっては大問題だったのです。

自由な生活にあこがれてはいましたが、その手段が分からず他に特にやりたいこともなかったので、僕は父と同じく公務員になることに決めました。

筆記試験から全く駄目なので無理にきまっていたのですけどね。

何せ今まで英語以外まったく勉強してこなかったのですから。

 

公務員試験用の予備校に通ったりもしましたが、特に公務員になりたいわけでもありませんでした。

案の定試験には受からず全然だめでしたね。

大学にもまともに通わなかったので留年するかと思いましたが、なんと卒業単位ギリギリで卒業資格を得てしまいました(笑)

そうやって、留学以外何もない僕の大学生活が終わりました。

 

 

アメリカかぶれが抜けるまで時間がかかった

これはアメリカに留学した学生みんなが感じることだと思いますが、日本とアメリカの文化や態度のギャップが大きくて、それに染まるとなかなか抜けないんですね。

世界有数の落ち着いた人種である日本人と、世界有数の落ち着いてない人種であるアメリカ人ですから、双方にはギャップがあります。

なのでアメリカに染まった学生は帰国後奇異な目で見られることがしばしば。

僕もその一人で、アメリカでは普通にしていた知らない学生に「ハイ!」と声をかけたりとか、日本に帰ってからも数週間してましたね

かなり危ない人だったと今ならわかります。

でもアメリカではそれが普通だったんです。

アメリカでは、自分が危険人物じゃないということを知らせるために、知らない人にもあえて声をかけたりするみたいですね。

元々フランクな国民性もあるのかもしれませんが。

僕も思いっきりアメリカかぶれを発症しまして、電車で隣に座った知らない人とかにもガンガン声かけてましたね。

いまなら絶対しないですけどね。

まぁそういう時期は誰しもあるということで、大目に見ていただければ幸いです(笑)

 

 

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最後に

 

帰国後のまとめ

・日本とアメリカでは学期の開始時期がずれるから交換留学する人は要注意

・アメリカ行くとみんな太るので、きちんと自己管理しよう

・目的を失って宙ぶらりんにならないように、帰国後のプランも想定しておこう

・アメリカかぶれはしてしまうもの。むしろどっぷり異文化に浸かっている証拠、良い経験。帰国後恥をかくのも良い経験!

 

いかがだったでしょうか。

お楽しみいただけたでしょうか。

今回僕がシェアしたことは、個人的なことでしたが、実体験ですので生きた意見です。

留学経験者にはあるあると思っていただけたでしょうし、いまから留学する人にとっても有益な情報になったかと思います。

また思い出したらリライトを重ねたいと思いますので、それまで楽しみに待っていただければ幸いです。

 

それでは今日はこの辺で。

さよなら。

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HIRO

HIRO-BLOG運営者のヒロです | Webマーケティング社員&ブロガー | 「スキルアップ×副業×転職術」などQOLを上げるためのtweet&ブログを更新中 | 【経歴】ブラック土木設計技師➡夜勤ホテルマン➡Webマーケター | 筋トレや熱帯魚が好き | プロフィール詳細

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